礼拝メッセージ

礼拝で語られる 聖書の言葉

毎週日曜日に行われている礼拝で語られたメッセージを配信しています。
ところどころ、慣れない言葉も出てきますが、全体的には、平易でわかりやすい内容です。

"キリスト教や教会には興味があるけど、いきなり出席するのには抵抗がある"という方は、
ぜひ配信されているメッセージをお聞きになって、
文字と映像から、雰囲気を味わっていただけたらと思います。

※毎週日曜日の午後に更新されます。

2019.12.01

闇に輝く大きな光

イザヤ9:1-7

イエスの降誕は、旧約聖書に預言されていた。当時のイスラエルは、政治的にも霊的にもどん底の状態で、どこにも希望がなく、神から全く見放されたかに見えた(8:21,22)。しかし、暗黒から光へ、絶望から希望へ変えられる預言が与えられた(1,2節)。これは我らにとっては、イエスによる救いの恵みの預言だ。

我らはかつて「闇の中を歩んでいた民」「死の陰の地に住んでいた者」で、罪のため滅びの暗黒の中に死んでいた者だった(エペ2:1-3)。そのような我らに、神は豊かな憐れみと大いなる愛を示され(同4)、御子の血によって生きる者にしてくださった。この御子こそ「大きな光」(1節)だ。

6節にキリストの4つの名が記されている。

1.不思議な助言者

“Wonderful Counselor”(不思議な弁護者(英))とは、別の助け主、つまり聖霊の名だ(ヨハ14:16)。主イエスは、我らのために不思議を行って、サタンの訴えから弁護してくださる(ゼカ3:1-5)。主は十字架の血潮で我らの罪を赦すばかりでなく、聖霊によって一切の汚れを潔めてくださる。これは不思議な贖いだ。キリスト降誕の目的はそこにある。

2.力ある神

イエスは処女マリヤから誕生された。人間の目には非現実的なことだが、神には何でもできないことはない(ルカ1:37)。不可能を可能にされる神、死人を生かし、無から有を呼び出される神だ(ロマ4:17口語)。この御方を信じるのが我らの信仰だ。とても望むことができない時に望みを抱いて信じる者となりたい(同18)。

3.永遠の父

神は我らを無限の愛で愛し、決して見捨てられない(詩68:5,6)。忍耐をもって導き、ついに御国にまで至らせてくださる永遠の父だ。

4.平和の君

十字架の贖いは和解の福音だ。神は我らに和解の福音を委ねてくださった(2コリ5:19口語)。真の平和は福音によらなければ得られない。我らは委ねられたこの和解の福音を伝えていきたい。

こういうキリストが、罪の闇に輝く大きな光として我らに与えられている。罪と汚れの深い闇を抱き、滅びるばかりの我らを照らし、救いと聖潔(きよめ)の全き贖いを与えて、輝かしい勝利の生き方に変える大いなる光、これがキリストだ。神は、ご自身の熱心をもって、御子を赤ん坊として生まれさせたのだ。キリストは、神の栄光を捨てて我らの所に来られ、十字架の死にまでも神の御心に従われた(ピリ2:6-8)。このキリストのへりくだりがあったからこそ、我らの救いがあるのだ。

闇に輝く大きな光の前に出て行こう。主は、我らの内に全き救いという不思議をなしてくださる。この主に期待しよう。アドベントはまず自らの魂の備えをするときだ。主を内に迎えるために、魂が整えられる時にしたい。