礼拝メッセージ

礼拝で語られる 聖書の言葉

毎週日曜日に行われている礼拝で語られたメッセージを配信しています。
ところどころ、慣れない言葉も出てきますが、全体的には、平易でわかりやすい内容です。

"キリスト教や教会には興味があるけど、いきなり出席するのには抵抗がある"という方は、
ぜひ配信されているメッセージをお聞きになって、
文字と映像から、雰囲気を味わっていただけたらと思います。

※毎週日曜日の午後に更新されます。

2026.03.21

真の癒しは十字架のもとに

1コリント1:18

こんにちは、ご機嫌いかがですか。


 現代の多くの人々は、癒しを求めています。人間関係に疲れ、経済不況に疲れ、どこにも心の休み場所がなくて、悩んでいるのです。そんなとき、耳障りの良いお話や、静かな音楽を求めるのは自然でしょう。しかし、それらのものは、一時的な慰めを与えてはくれますが、根本的な解決にはなりません。


本当の解決はどこにあるでしょうか。どこへ行けば、私たちの心を真に癒してくれるでしょうか。キリストのもとです。キリストの福音です。キリストが私たちの罪のために十字架にかかられたという、十字架のメッセージです。


 十字架は、当時は、最も重大な罪を犯した犯罪人が付けられる、忌まわしい呪いの木でした。キリストは、その十字架に付けられて、血を流して死なれました。誰のためでしょうか。私たちのためです。


 私たちは、等しく神様の前に立てない罪人です。具体的な犯罪を犯さなくても、心はまことの神様から離れ、神様を知ろうともせず、自分勝手な道を歩んでいます。心の中で人を憎み、恨み、妬み、実際に手を下さなくても、思いの中で、あるいは言葉で人を傷つけています。私たちは、そのままでは確実に滅んでしまいます。


 しかし、愛なる神様は、私たちを愛され、独り子キリストを私たちのもとに送ってくださいました。キリストは罪のない神の御子でしたのに、罪人の私たちに代わって十字架についてくださいました。私たちは、自分の罪を悔い改め、キリストの十字架がこの自分のためだったと信じるだけで、誰でも、どんな罪でも赦され、救われます。


 新約聖書のコリント人への手紙第一1章18節にこう書かれています。「十字架のことばは、滅びる者たちには愚かであっても、救われる私たちには神の力です。」十字架を信じるだけで救われるなんて、虫が良すぎるとお思いでしょうか。その通り、虫の良い話です。ですから、福音、良き知らせなのです。あなたもぜひ、キリストの十字架を信じて、罪からの救いをいただいてください。


 キリスト教会は今、レント、受難節の期間を過ごしています。キリストの十字架の苦難を通して私たちに示された罪からの救いを、確実にいただきましょう。あなたのためにお祈りしています。

 

「希望のダイヤル」はこちらのPodcastでも配信中です。