私は揺るがされることがない
詩篇62:5−8
こんにちは。ご機嫌いかがでしょうか。
今年も1月17日が巡ってきました。31年前に阪神淡路大震災が起こった日です。30年が過ぎた今でも当時のことを思い起こすと、本当にすさまじいことが起こったのだなと思います。そして、このときのことを決して忘れ去ってはいけないと改めて思う次第です。先日も正月早々に島根県東部で最大震度5の地震が起こったばかりですが、今はどこでいつ大地震に見舞われるかわかりません。
私たちを揺るがすのは、何も大地震だけではありません。様々な思いもよらない出来事によって、私たちの生活はぐらぐらと揺るがされます。生活だけでなく、私たちの人生、いや、私たち自身をぐらぐらと揺るがすものは、いつ何時私たちを襲ってくるかわかりません。けれども、大地震だろうと、何だろうと、決して揺るがされることのない生き方があると、聖書は語ります。
こう書かれているところがあります。少し長いですが、お聞きください。「私のたましいよ 黙って ただ神を待ち望め。私の望みは神から来るからだ。神こそ わが岩 わが救い わがやぐら。私は揺るがされることがない。 私の救いと栄光は ただ神にある。私の力の岩と避け所は 神のうちにある。民よ どんなときにも神に信頼せよ。あなたがたの心を 神の御前に注ぎ出せ。神はわれらの避け所である」。ここに語られているように、神様を待ち望み、神様から希望をいただく者は、どんな大変な、辛い状況の中にあっても、その心、その生き方、私たち自身が揺るがされることはありません。神様が私の岩、救い、やぐら、力の岩、避け所となってくださるからです。
なぜ、人は揺るがされるのでしょうか。それは、神様から離れてしまっているからです。私たちは、罪のために神様から遠く離れ、そのままでは滅びるものでした。心が神様から離れてしまっていますから、何かあるとぐらぐらと揺るがされ、慌て、不安をいつも抱えた生き方をしなければならないのです。神様は、そんな私たちを憐れみ、もう一度ご自分と硬い絆で結んで、揺るがされない生き方を送らせたいと願ってくださり、ひとり子キリストを私たちのもとに遣わしてくださいました。キリストが十字架にかかって死に、死を破ってよみがえられたことによって、神様が私たちのために備えてくださった救いの道が完成しました。どんな人でも、自分の罪を悔い改め、キリストを救い主と信じるなら、罪の赦しと滅びからの救いをいただくことができます。この救いをいただいた人は、神様と硬い絆で結ばれ、揺るがされない信仰の歩みを始めることができます。どんなことが起こっても、神様を信じる信仰によって、揺るがされず、平安と希望をもって生きていくことができます。
「私は揺るがされることがない」と、あなたもキリストの救いをいただくならば、信仰によって言うことができます。ぜひ、キリストの救いをいただきましょう。そして、揺るがされない生き方を始めましょう。
教会ではあなたのお越しを心からお待ちしています。お気軽にお越しください。





